2012年2月14日火曜日

失われたおばあちゃんの花園



この週末に、以前住んでいたアパートに遊びに行ってきました。
このアパートは、昨年から立ち退き騒ぎで大東建託と住人との間でひどいトラブルがありました。
でもようやく強制退去も免れて、平穏な日常が戻ったと聞いていたのですが、今月に入ってアパートの住人のおばあちゃんが、急遽施設に入居することになったという知らせが入りました。

このおばあちゃんはもう100歳近くのお年ですが、一人で自立して生活し、とにかく元気で明るくポジティブで、「お天道様がいつも見てくれているからね!(だから大丈夫という意味)」というのが、口癖でした。
アパートの住人の間では「生き神様」と呼ばれていました。

このおばあちゃんは、戦争で旦那様を亡くしてからは、銀行の賄い婦をしながら女手一つで3人の子供を育て上げたそうです。
そんな気丈なおばあちゃんですが、日常生活ではとてもお茶目で気さくな人でした。

目覚まし時計の止め方がわからなくて大騒ぎしたり、隣の画家のおじさんにいつも「コーヒーの時間ですよ〜」と言ってはおしゃべりしに行ったり、近所の道路や庭先をいつもきれいに掃除してくれていたり。
およそ「独居老人」という言葉につきまとう、孤独さとは無縁な明るい人でした。
いつもアパートの中庭で、住人の誰かしらと楽しそうにおしゃべりしていました。

住んでいたそのアパートは、安普請のアパートのため、プライバシーなんて無いようなものでした。
でも逆に、常に誰かの気配がして、常にどこかで住人同士が会話している、そんな大きな一軒家のようなアパートでした。
そのアパートの生き神様だったおばあちゃんが施設に入ってしまう前に、是非とも挨拶ぐらいはしておきたいと思って出向いたのでした。

しかし、時すでに遅しでした。




おばあちゃんは、周囲の住人への挨拶も無しに、突然拉致されるように着の身着のままで息子さんに連れ去られたそうです。
おばあちゃんは、泣きながら連れられて行ったそうです。

この急な施設入所の原因となったのは、先の大東建託との立ち退き騒動のせいでした。
強引に住人を退去させたかった大東建託は、ご近所におばあちゃんが痴呆で徘徊しているという、なんの根拠も無い噂を流し、近所の住人を装って苦情を流したそうです。
まるで外堀から埋めるように、一人ずつ退去させようというかなり卑劣な行動でした。

この噂を真に受けた息子さんが、半ば強制的におばあちゃんを施設へ入所させてしまったようでした。
なんともやりきれない気持ちでした。

しかし、高齢のおばあちゃんが一人暮らしを続けるのも、いつかは限界が来るのかもしれません。
いくらアパートの住人と家族同様に生活していたとしても、心配する身内としては当然の行動だったとも思います。

でも、まるで腹いせのようにおばあちゃんが大事に育てた中庭の花を、ブルドーザーで一気に更地にしてしまった様子を見ると、本当に心が痛みました。
アパートの大家さんとは、おばあちゃんが亡くなるまではアパートは取り壊しも立て替えもしないと約束していたそうですが、そんな約束も無惨に反古にされてしまったようです。

なんだかとても残念で、言葉も出ない状態でアパートを立ち去りました。
そしてその途中、このアパート付近に売り物件とテナント募集の看板がやたらと増えたことに気づきました。

この地域の地主が高齢化して、とうとう手放す時期に差し掛かったのでしょう。
そのときに、このアパートが狙われたように、大手ゼネコンの手にかかって、せっかく培われた地元コミュニティーがズタズタにされてしまうのかもしれません。

古いものを一掃しなくては、新しいものが構築できないのが道理かもしれません。
でも、100歳近いおばあちゃんが、一人で自由に気楽に生活できたのは、この地元のコミュニティーの支えがあったからです。
こういうつながりがあれば、年寄りは孤独にはならないのです。
ほんとうに、このアパートはそのとても良い例だったと思います。

これから、世代交代による町の再開発には、是非こういうコミュニティーを温存する方法での再開発をして欲しいものだと思います。

そして、どうかおばあちゃん、お元気でいて下さい。
私は、おばあちゃんのおかげで「歳を取る」ことのイメージがすっかり変わってしまいました。
あなたのおかげで、年を経ることはとても良いものだと、腹の底から思えるようになりました。
ほんとうに、ありがとう。
いつまでも、お元気でいてください。





おばあちゃんのおかげでお花でいっぱいだった中庭の様子は、こちらの過去ログでも紹介しています。

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